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覚えている最古の夢

私は昔っから夢をよく見て、さらによく覚えているですよ。

んで、覚えている中で、一番古い夢は、幼稚園のおそらく年中さん。
4才か5才。
ちょうど今のタロウと同じ頃ね。

どんな夢だったかと言うと。
幼稚園のみんなと遠足。
場所は、大きな温室の植物園。
私は、幼稚園の制服の水色スモッグに、黄色いカバンをかけて、友達達と温室の中を走り回っている。
温室には、自分よりずっと背の高い植物が沢山ある。
その中に、しゃべる植物があった。
ちょうど、「リトルショップ・オブ・ホラーズ」のオードリーのような感じの植物で(無論当時は、その映画はやってないし見てない)、くちをパカッと開けてる状態。
そのくちの中には、ちょうどスイカの種のようなものがいくつか入っている。
そんで、その植物は言葉巧みに、この種を取ってみろ、と私を挑発するのだ。
当然私は、噛まれる事を警戒して、取らない!と拒否するんだけど、その植物は、絶対噛まないから、いいから取ってごらん、としつこいんだ(笑)
そこで、私は、素早い動作でぱっと取れば噛めないだろうと思い、思い切ってその種をぱっと取ってみるのね。
思った通り、その植物は噛みついてきた。
そして、私は、肘を部分を食べられてしまう。

その当時、私の人体に対する認識というのは、皮膚の下には固いモノが入っていて、切れると血が出る、程度だった。
だから、夢の中で、食べられた肘の部分は、ぽっかり穴が開いていて、その中は、たぶたぶした感じで血が入っていた。
私は、血がこぼれないように、必死で肘が上に向くようにして、泣きながら「おかーーさーーん!!」と叫んだのだった。

たぶんこの時、本当にうなされていたらしく、珍しく母が私をおこしにきてくれていた。
目が覚めた私は、ほっとしたけど、恐くて、肘を触ったり、見たりした。
でも、何故だか、この夢を母に話すのは恥ずかしくて、何も言わないでいた。

これが、私の覚えている、最も古い夢。

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子鹿のバンビとしたきりスズメ

幼稚園の時、年に一度、お遊戯会というのがありました。
私は、幼稚園で3年間過ごしているのですが、そのうち2回は、記憶に残っています。
残り1回は、何をしたのかさっぱりわかりません。
全員コーラスしたような気がします。

どっちが先だったかよく覚えていませんが、「子鹿のバンビ」と「したきりスズメ」をやりました。
「したきりスズメ」は、準主役であるおじいさんに懐いておばあさんに舌を切られてしまうスズメ役です。
スズメっぽい衣装という事で、下は茶色のタイツ。上は、お母さんが機械で編んでくれた黄色いセーターを着ました。
今考えると、すごい恥ずかしいカッコですが(笑)、当時は全然不自然じゃなかったです(笑)
おじいさん役は、お隣のお魚屋さんのヨッコちゃん。
この時の事で、すごく覚えているのが、頭にのせるスズメのお面。
もうすぐ出番だというのに、私はふらふら遊んでいて、頭にお面をつけていませんでした。
で、あわててお面を探したのですが、スズメ役は多いので、あらかた持って行かれてしまっていて、可愛いスズメのお面がありません。
太ったような顔のスズメや、眼鏡のスズメや(笑)、男の子顔のスズメのお面ばかりで、準主役にふさわしいスズメのお面がありませんでした。
おろおろしていると、ちょっと離れた机の上にもスズメのお面がのっていて、やっとそこに可愛い女の子風に、赤いリボンをつけているスズメのお面を見つけました。
もんのすごいほっとした覚えがあります。
こんな事は覚えているのに、練習した事や、本番での事は、まるで覚えてません(笑)

子鹿のバンビは、クラス全員ではなく、選ばれた数人で踊るお遊戯でした。
私は最初そのメンバーに入っていませんでしたが、選ばれた子達の中に、「右」「左」の判別ができない子がいて、先生から「はい、右に回ってー」と言われて、左に回ったり、回れなかったりする、といった感じでした。
そこで突然私が呼ばれて、やってみなさいとか、なんかちょっとしたオーディションをされたのですが、
当時、私もその子と同じで「右」「左」の判別はできていませんでした(笑)
先生から「はい、右回りー」とか、言われて、どーしよーかと思いましたが、いいや別に、と急に度胸が据わってしまい、とにかくどっちかの方向に回りました(笑)
そしたらそれが偶然当たっていて(笑)、オーディションに合格し、前列のポジションを手に入れました(笑)
結局それがきっかけで、私は完全に「右」「左」を理解する事ができるようになりました(笑)
めでたし、めでたし(笑)

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窓から顔出して泣く子。

私は、3歳で幼稚園に入園しました。
それまでは、近所の託児所や保育所をあっちこっち転々としてました。

なんで、転々としてたかっていうと、私がものすんごい泣き虫で人見知りが強かったからです。
先生やみんなになじむことができず、いつも一人でスミで泣いていたそうです。

だから両親は、私が安心して落ち着ける所を探して、保育所をころころ変えていたそうです。

今でも父からよく聞く話があります。

まだ2歳くらいの頃。
入れたばかりの保育所に父が車で迎えにいくと、保育所の窓が開いていて、小さい頭が見えたそうです。
私です。
窓から顔を出して、外を見て、すんすん泣いていたそうです。
しかも、外は雨
そして、父の車をみつけると、「あ!おとうさんだ!おとうさんのくるまだ!!」と大声を出して、「おとうーさーん!」と大泣きしたそうです。
父は、急いで私を保育所から受け取ると、「もう、あんたんとこにはあずけない!」と言い捨てて、次の日は他の保育所に預けたそうです(笑)

保育所入って日が浅かったので、寂しくて泣いちゃったダケだと思うんですが、父は、もう、それでそこに預ける気をすっかり無くしたんだ、と言ってました。

今ならわかるなぁ。
もし、タロウのそういう同じ場面に出くわしたら、私も、「もう、ここには頼まない!」とか言い出すかも(笑)

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子供の頃にしてた奇行 part 5 From : 育児板拾い読み@2ch

子供の頃にしてた奇行 part 5 From : 育児板拾い読み@2ch 330 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/11/24(金) 10:38:08 ID:qskAViGs


小さい頃、仏壇の前でガラス玉のキラキラした数珠をバラし
その玉を鼻の穴左右1つずつ詰めて、手鏡で自分の顔を見て

「きれい…」

と言っていた。

とそこへ母が入ってきて、鼻キラキラの状態で正座させられ怒られてから
指で取ってくれようとしたが、奥に入ってしまい耳鼻科に直行。

なんであんなことやったのか…

やった事ある!(笑)

私が幼少の頃、時代は、1970年代です。
当時流行っていたおもちゃに、「チャーミー」というビーズアクセサリーがありました。

糸やゴムに通して、素敵なアクセサリーを作りましょうってコンセプトの、ちょっと大きめのプラスチックのビーズセットです。
私は、それが好きで好きで。
そして、その大きさが、自分の鼻の穴に非常に近かったんですね
だからね、こう。すぽっと。入れてみちゃったワケです(笑)

そしたら、取れなくなりました(笑)

泣きながら、お店で働く父・母に訴えて、もう時間過ぎてたのに、わざわざ開けてくれた綺麗な女医さんのいる耳鼻科につれていってもらいました。

細いかぎ針のような器具で、鼻から飛び出してきたビーズ玉が、診察室に乾いた音を響かせたのが、今でも耳に残っています(笑)

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下町の商店街

私はちゃきちゃきの下町ッ子
東京都の中でもうんと千葉よりの地区に住んでいました。

下町の商店街のど真ん中の八百屋です。

商店街がすっかり廃れてしまった今と違って、私が小さい頃の商店街は、映画かドラマの中のように、人情味溢れる素敵な所でした。

私は、商店街に育てられたと言ってもいいくらい。

家の外に出ると、必ず私を知っている人がいます。
つか、私を知ってる人だらけです。
私が知らなくても、うちに来るお客さんや周りのお店の人は、私が「八百屋の子」だと知ってます。

私は商店街の子でした。
商店街は、全部私の家でした。

漫画「よつばと!」の様に、他人様の家に平気であがりこむのが日常でした(笑)

特にお気に入りは、向かいにある花屋さんです。
退屈するといつもあがりこんで、スミちゃんというお姉さんに遊んでもらいました。
時々厳しいけど、とても可愛がってくれて、一緒に市場に連れてってくれたり、配達に連れてってくれたり、映画にも連れて行ってもらいました。

スミちゃんにはサッちゃんというお姉さんがいて、サッちゃんはデパートで働いていました。
私はサッちゃんも大好きで、出勤するサッちゃんの後を追いかけて、一緒にデパートに行きたがって、困らせたりしてました(笑)

スミちゃんのお父さんは、アイスクリームの卸をしていて、当時珍しい小さな冷蔵車にいっぱいアイスを積んで、いろいろな所に運んでいました。
「じぃちゃん」と呼んで、とても可愛がってもらっていました。
一緒に銭湯に連れて行ってもらった事もあります。

今では、お向かいさんだからといって、ここまで信頼するのも難しいですが、当時はそれが、当たり前だったんです。

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